Archive for the ‘チェスプロブレム入門’ Category

チェス・プロブレムの揺籃期で、現在のチェス・プロブレムに比較的近いと思われる作品は、13世紀に作られたとされる次のようなものです。

 

 

正解は1.Rhg7!(h7にいるRをg7に動かす、という意味)です。

この手は、放っておくと次にメイトにするよ、という手ではありません。しかし、黒は手番が渡されたので、何か指さないといけません。

キングを動かす手は、

1…Kc8 2.Ra8≠

1…Ke8 2.Rg8≠

そしてナイトを動かす手は

1…Sb7 2.Ra8≠

1…Sf7 2.Rg8≠

です。この2つめの変化に注目してください。たとえば白が初手に1.Kc2?とでも指して手待ちをすれば、1…Sf7!とされて詰まなくなるのです(2.Rh8+だとSxh8!と取られてしまいます)。

ナイトを他の場所に移動しても、白の次の手で詰むことは各自ご確認ください。

 

この問題では、明らかに第1回で紹介した最古のプロブレムとは違って、「白勝ち」という終盤問題ではありません。しかも、「2手でメイトにする」という制約によって初手の正解(キーと呼びます)が1つに定まっており、さらに黒はチェス用語で言うところのzugzwang(ツークツワンク、すなわちそのままならメイトはないが、手番が与えられているために不利な手を指すことを強制され、そのせいでチェックメイトにされるという状況)になっている点など、現代にも通用する要素を持っています。

また、この問題のキーは、チェックをかける手ではないことに注意しておきましょう。「チェックをかけつづけなければ仕方がない」という作り方は、可能な手の数を極端にせばめてしまうため、チェス・プロブレムが発展する可能性の足かせになっていました。チェックをかける手よりも、むしろチェックをかけない静かな手の方が、手として優れているという価値観が確立したのは、実は19世紀というずっと後になってからのことなのです。

チェス・プロブレムは詰将棋と比べて、はるかに手数が短く設定されています。たとえばMate in 2なら、詰将棋式に換算するとわずか3手詰なのですが、それでは作品の奥行きという点で詰将棋の3手詰にほぼ等しいのかと言えば、まったくそうではありません。それはよくある誤解でしかありません。詰将棋で言えば15手詰くらいの奥行き、というのがわたしの実感です。どうしてそうなるのかと言えば、「チェック(=王手)をかけなくていい」というこの自由度のために、解答者が考えなくてはならない可能な手の数が飛躍的に増大しているからです。

世界最古のチェス・プロブレムは、紀元840年頃の、次の作品だとされています。

ここでMate in 3とは、「3手で黒のキングをメイトにせよ」という指定です。これは、さらにくわしく言えば、「白から指し始めて、白の3手目で黒のキングをメイトにせよ」ということで、詰将棋式に数えれば5手詰に等しくなります。ただし、詰将棋のように、「必ず王手をかける」という制約はありません。

問題図の上に付いている情報は、作者名、そして発表場所と発表年を表しています。

 

figure1

 

正解:1.Sh5+ Rxh5 2.Rxg6+ Kxg6 3.Re6≠

(なお、チェス・プロブレムでは、ナイトをNではなくSと表記するのが習わしになっています。さらに、通例では、チェックは+、チェックメイトは≠で表記します。)

 

これはフィレンツェの国立図書館が所蔵している写本に見られる図です。

ただ、ここで注意していただきたいのは、当時にはまだ現在のようなチェス・プロブレムにおけるオーソドックス(すなわち、何手でメイトにせよという形式)がありませんでした。ですから、問題そのものは「白先で白勝ちにせよ」という実戦の終盤問題、つまりエンドゲームと等しくなっています。

この図だと、白のキングにはほぼ将棋で言うところの必至がかかっています。必然、白勝ちにするためにはチェックをかけつづけて、最後にはチェックメイトにするしかありません。つまり、チェス・プロブレムには最初から、「白は必ずチェックをかけなくてはいけない」という、詰将棋的な王手連続の規則というものはありませんでした。この問題のように、結果としてチェックの連続になっているのは、チェックをかけないととたんに可能性が増大して、作者の読みの限界からはみだしてしまうからです。

このような、言ってみれば詰将棋に近い路線は、この最初の作品が誕生してから、なんと約1000年も続くことになります。そして、そのあいだ、チェス・プロブレムには進歩らしい進歩が見られませんでした。